ヨシカワブログ班の松田です。
前回のテキトーなブログを書いてから1年と数ヶ月が経過。またかよ、ブログの順番が回ってきたなー。人間がアバウト、適当、メンドーな事が苦手なため、今回も勤務先のブログとゆー事でいつもどーり、テキトー且つ徒然なるまま書く事にしよう。
昨年のブログは、EP71スターレットチューニング編。ラストに昭和レトロ「ベンクーガー編」と書かれているのである。
とゆー事で今回のお題は、「昭和レトロ ベンクーガー&中学校時代のエピソード番外編」なのである。
まずはこのベンクーガーとは何か?団塊ジュニア世代なら、よーくご存じであり、昭和時代、模範的な中学&高校生が着用する標準型学生服とゆーよりは、ビーバップハイスクールの諸君が着用するような学生服をメインに扱った「変形学生服メーカー」なのである。
時代は昭和末期の昭和61年。おっと今から40年もの昔話か・・・クラスの江本(仮名)が、ベンクーガーのカタログを熱心に見ていると「松田!このベンクーガーのカタログ、モデルがガイジンだけじゃん!。学生服って日本人が着るものだろー。どーしてモデルは日本人じゃないのか?」と言う。カタログを見ると、確かにサングラスをかけたガイジンが学生服を着て、ヘルメット無しでバイクを運転していたり、学生服を着た立ち姿のガイジンの画像があるのだ。さらに、各学生服の品名は何故か米国州や、英文調カタカナ文字なのである。品行方正の良くない生徒は、夜路死苦・愛羅武勇とか難しい字を妙に知っているから、漢字のみの品名でも良さそうな気がするが・・・それにしても当時のカタログ、現代から見てもファンタジー感満載である。
ベンクーガーでは上着の裏地を特注したり、文字を刺繍で入れたりとオプションも満載。昭和61年当時、新潟駅前にベンクーガーの店舗があったが現在は存在せず、今や昔の記憶である。
そんな私もベンクーガーのズボンを中学3年から着用。確か「ニュージャージー」という品名。ワンタック、玉虫色の裏地。隠しポケット有り仕様だったな。

■校則
ちなみに私の中学校の校則では、
・ボンタン、長ラン、短ラン、2タックNG。
・ズボン後ろのベルトループは、何故か「Xタイプ」がNGで「Iタイプ」はOK。
とはいえ品行方正の良くない生徒は、堂々と校則禁止のボンタンを着用していたのである。何故か私も先輩からもらったズボンがあったのだが、渡り40㎝、裾17㎝、サージ地というトンデモナイ「ボンタン」なのだが、1回も着用することなく部室に隠したままであった。「ボンタン」をご存じでないお方は、周囲の団塊ジュニア世代にお尋ね乞う。

■出身中学校の解説
ここで私の出身校である旧豊栄市立葛塚中学校。私が過ごした昭和時代の話をしよう。きっとお行儀の良い現代の葛塚中学校と違い、昭和の葛塚中学校は「通称クズ中」と呼ばれ。アグレッシブ且つクレイジーな連中が多く、生徒のあまりの不出来ぶりにノイローゼとなった教師がいたし、校長が左遷?転勤し、新潟県の教育庁からやってきたすばらしい校長もいた。学校卒業したばかりの新米教師が、クズ中に赴任すると根性が鍛えられ、その後どのような悪童にも対処できるとか?果てはクズ中生徒は、市民から忌み嫌われ、本屋や当時存在したファミリーデパートに来店すると、店員が万引きを警戒していた。という逸話もある。
ここからユニークな実話を紹介するか・・・
■エコロジー?その1
私は中学校時代、悪名高い水泳部に所属してしまったのである。入部してから気付くが、昭和59年当時の水泳部は悪童連中の巣窟であり、先輩方々による理不尽なる指導&説教が多発し、現代なられっきとしたハラスメントであるが、当時そんな言葉は存在せず、先輩の指導は絶対。「水泳部イコール軍隊だ!」と叫ぶ馬鹿野郎もいたし、実にクレイジーな先輩ばかりであった。
中学1年のある日、3年生の森(仮名)先輩が部活動中、アイスが食べたくなり、私と1つ上のケニア先輩を呼び出し、「アイスを買ってこい!」と言い、代金を問うと森(仮名)先輩は、「カネはここにある!」と指差した先には・・・ゴミ捨て場があるのだ。さらに森(仮名)先輩は、「このゴミ捨て場には、コーラなどの空き瓶がある。これをきれーに洗い、店に行ってカネに替え。そのカネでアイスを買ってこい!」と命じるのである。
シブシブ私とケニア先輩は、ゴミ捨て場からコーラなどの空き瓶を捜索する。突然、「あちー!痛い!」とケニア先輩は声を上げる。何事かと思えば、破損した瓶を持ち上げると、何と瓶には硫酸H2So4の文字がある。つまり、破損した瓶には硫酸が残っており、その硫酸が手にかかり火傷したのである。危険で汚い作業をしながら、確かコーラとスプライトの空き瓶を発見し、水道でよーく洗浄し、その後、瓶を持って現金に換え、アイスを購入し、森(仮名)先輩に届けたのである。
当時、コカコーラやスプライト等などには1.0Lのガラス瓶タイプが存在し、空き瓶を雑貨店に持ち込むと30円で引き取ってもらえたのである。
ようは、この森(仮名)先輩、アイス食べたさにメンドクサイ事を後輩に押しつけたのである。クレイジー且つエコロジー?な輩であった。

■エコロジー?その2
この森(仮名)先輩のクレイジーな事はあり過ぎた。当時、夏休み期間、中学校生徒による廃品回収があったのだが、この廃品回収には雑誌の回収もあり、雑誌をよーく観察すると、女性のあられもない姿が掲載している大人の雑誌もあるのだ!森(仮名)先輩は、我々1年の水泳部員に廃品回収の際、この大人の雑誌のみを回収し部室に届けろ!と命じるのである。我々はウキウキ、ドキドキしながら大人の雑誌を回収(かなりあった)。部室に保管。
後日、回収した大人の雑誌の回し読みが出来ると期待していたが、いつの間にか大人の雑誌は、3年の先輩連中に100円や200円で販売して無くなり、タバコ&菓子購入のヤミ資金になったのである。
さらに、このヤミ資金で競馬場近くにある自販機で大人の雑誌を買ってこい!と命じるのである。土曜日午後の部活中、自転車で行き、交通量の多い道路で、人目を気にしながら購入。非常に恥ずかしい体験をした記憶が蘇る。
森(仮名)先輩にしてみれば、廃品回収で入手した大人の雑誌は原価ゼロ。作業ゼロ。実にクレイジー且つエコロジー?な輩であった。今にして思えば、部活とは何ら関係無く、己の私利私欲ため後輩を利用したに過ぎない。
■エピソード 有機溶剤編
いや~クズ中時代のエピソードがたくさんあり過ぎて紹介しきれない。次は人体を蝕む有機溶剤編である。
今や死語の「ラリッてしまう」。この状態となる先輩がいた。部活動中、廊下の隅から有機溶剤特有の臭いがする。手にはビニール袋、中身は有機溶剤を湿らせたティッシュが入っている。ヨダレをたらし、服にべっとりと付着。さらに「ウオッ!ウオッ!」を叫んでいる。後でこの先輩に叫んだ理由を聞くと、意識朦朧とし手が光っているとゆー幻視に驚いて叫んだという。呼気中5分~10分だと思っていたが、いつの間にか1時間が経過していたとゆー幻覚。時間の経過を忘却するのだ。
有機溶剤は最初、プラモデル用の接着剤、薄め液から始まり、次に窓のコーキング剤、最終的には強烈なトルエンとエスカレートする。有機溶剤を呼気し「ラリっている」姿を見ると、まっとうな人間がやるべき行為ではないと、しみじみ実感。反面教師ともいえるのだ。
■エピソード 急性アルコール中毒編
有機溶剤の次は急性アルコール中毒。時は中学2年、市町村による体育大会の自習中、クラスの純一君(仮名)が「やってるかーい!」と、大声で教室に入ってくる。手にはサントリーオールドの瓶(通称ダルマ)を持っている。完全な酩酊状態。その後、教師に捕獲というか連行された。程なくして救急車のサイレンが聞こえた。教師不在の自習時間を大いに活用し、空いた教室でウイスキーを飲み、中学2年でありながら急性アルコール中毒となり、救急車で病院に運ばれたのである。
純一君(仮名)は中学3年になると、品行方正の良くない生徒の筆頭になるのである。ちなみに私と純一君(仮名)とは、小学校3年から中学校3年まで同じクラスであった。小学校の頃は私の家に訪れていたなー。今はどーしているやら・・・
■エピソード 修学旅行編
中学3年の修学旅行。我々の学年から奈良の薬師寺見学が無くなり、何故か遊園地の奈良ドリームランド(現在 廃園)に変更となったのだ。これは1つ上の学年生徒一人が、薬師寺の僧侶に喧嘩を売った。しかし、レスラーのような僧侶に逆にブチノメされ完敗。という粗相が原因。現場には生徒指導の教師もいたが、反社会的行動起こした生徒が諸悪の根源であり、「僧侶から罰を与えてもらう絶好の機会」とばかりに、仲裁に入らなかったそうである。が、単にメンドクサイが理由であろう。この事件があり、我々の学年は薬師寺見学が無くなったのである。 さらに京都&奈良の修学旅行は、我々の学年で終了し、1つ下の学年から東京ディズニーランドに変更となったのである。全くうらやましいのである。

■エピソード 無法地帯
品行方正の良くない生徒の極一部は、社会に出た後、地元のナントカ組に入り、普段は組の下っ端で、こき使われているのだろう。忘れた頃、この下っ端が我々水泳部の部活動を視察?にやって来て、自己存在を盛んにアピールするのだ。これが正にTHEチンピラで実に扱いがメンドー。
とある夏の土曜、午後の部活動中、我々水泳部員は大会を目指し、ちゃーんと泳いでいると、突如シャコタンのクレスタがプール近くの道路に停まり、何故かピンクの腹巻きをしたチンピラとその情婦がクルマから降り、プールサイドにやってくる。このチンピラは、我々に模範を示せとばかりに、やたら泳がせるのである。
このチンピラがいる間、教師は誰一人プールには来ないのである。メンドクサイのか我関せずなのか、完全なる無法地帯。その後、何度が登場したが、チンピラ程始末が悪い。ヤレヤレ。イヤーな記憶が蘇る。
■エピソード 根性試し
手の甲に火傷の跡が付く「あの根性試し」ではない。中学時代の暖房器具は、現代のエアコンディショナーとは異なり、石油ストーブ。おまけに校舎や教室内はボロく、隙間風は吹きまくり、冬期はこの隙間から雪が入ってくる環境。実に寒い教室であった。
放課後、牛乳瓶にすこーし灯油を入れ、石油ストーブのフタを開け、燃焼室に入れるという根性試しがよく行われた。灯油を燃焼室に入れると、「ドン!」いう音と共に火の粉が吹き出す。我々は「火の粉ショー」と呼んでいた。
あるとき、忠(仮名)が事もあろうに、牛乳瓶半分位の灯油を入れるとゆー。私は「やべーぞ!灯油の量が多すぎる!」と言うが、灯油が流し込まれた・・・直後「ドカン!」という轟音と共にストーブ上部の開口部から炎が吹き出し、飛び散った火がストーブ下に残っていた灯油に燃え移り、さらに灯油が染みこんだ床まで燃え始めた。焦った我々は、靴で燃えている箇所を踏んで消したり、ホウキではたき、消火に努め難を逃れた。ヤレヤレ危なかった・・・
しかし、我々が教室を出た後、次の災難が発生した。灯油タンクからの送油管が衝撃で緩んだらしく、ストーブ下の床には灯油が溜まり、さらに床の隙間から灯油が流れ、滴り落ち、下の階の廊下まで広がっていたのである。今なら言える、「2年5組のストーブを壊したのは我々だ!」。でも私は2年7組。つまり他のクラスのストーブを壊したことになる。
中学時代のエピソードは他にも沢山あるが、勤務先のブログであり、公序良俗に反する内容もあるためこの位で終了する。

■製品紹介
毎回の事ではあるが昔話ではなく、勤務先のブログであり、製品紹介する事が重要なのである。ウム、ちゃーんと紹介せねばなるまい。
一応紹介する製品はコレだ!「中が見える!エスプレッソメーカー450ml」なる製品。弊社ギフト担当N師匠が、巨大なる中国広州交易会で、疲労困憊しながらも発見した製品である。市井の一般的なエスプレッソメーカーは、アルミ製かステンレス製であり、抽出状態が見えない。本製品は容器がガラス製であり、抽出具合が一目瞭然。且つ特殊構造の抽出口であり、エスプレッソがブシューッと吹き出さず、スムーズに抽出されるのである。休日には、この製品を使用したエスプレッソを楽しもうではないか!

これはヨシカワ直販サイトAmazonにて販売中。
次回のブログ当番、もうやりたくないが万が一ある場合、どーするか?クルマにするか?昭和レトロにするか?台湾鉄道編?中学時代の追加エピソード?熟読する諸氏はいないだろう。ま 気の向くままとしよう。
以上
